評価

経験した恐れは長く残る
戦争、特に太平洋戦争に関連した作品の短篇集です。これらの作品に著者の実体験が盛り込まれていることに驚きました。
また、平凡な生活の中で、たった一枚の召集令状で引っ張られてしまう恐怖が私の中に残っていたことから『召集令状』を描き、浮かれた世の中でみんなあの大戦を忘れていくんじゃないかという危惧から『戦争はなかった』を描いた。
これらは、あの民族の悲惨な歴史体験を風化させてはならないという思いの表れでもあったのだ。最後に、この作品の中に出てくるエピソードは、ほとんどが実話である。
戦後五十周年にあたり、この短篇集を編むことになったが、ここに収録された作品群は、私にとって非常に「つらい思い出」の作品ばかりなのである。
(あとがきより)
「召集令状」
【あらすじ】
終戦から20年近くたった平和な日本が舞台。「蒸発」したとしか考えられないような不思議な消え方をした独身男性たちには、失踪の前に『召集令状』と印刷された赤い紙が送られていた。そのうち、失踪者の増加ペースは手の付けられない勢いとなっていく。
ゾクリとする話です。しかし、面白い。召集令状の恐怖が残っている著者であるからこそ、書けた作品です。召集令状は、軍隊が兵隊を招集するために発行する令状です。戦場行きを予告されるようなものなので、著者が恐怖を感じるものもっともだと思います。
「戦争はなかった」
【あらすじ】主人公の記憶以外、大東亜戦争がなかったことになっている世の中。どうやって戦争を経由せずに、日本は民主主義国家になったのか。この世界があの戦争を忘れてしまったのなら、思い出させてやると、主人公は行動を始める。
ふとした拍子に自分の「黒歴史」がよみがえると叫びたくなります。つらい思い出はさっさと忘れたいのですが、なかなか脳内から消えてくれません。記憶しておくと同じ過ちを繰り返さないメリットがありますから体が忘れさせてくれないのです。
第二次世界大戦の「記憶」は、体験した人がいなくなれば、なくなってしまいます。「記録」としてはいつまで残るのでしょうか。1000年後には、まだ残っていると思います。1000年前の東北大地震 「貞観地震」の記録も残っているくらいですし。
1万年後の場合は、どうでしょうか。少なくとも、現在のように終戦記念日にテレビで特集するようなことはないと思います。
時間の尺度で思いついたのが、フィンランドでの放射性廃棄物の処分方法です。フィンランドでは、高レベル放射性廃棄物を地下で隔離保管することで永久処分しようとしています(100,000年後の安全)。
放射性廃棄物が安全な放射能レベルにまで下がるのに10万年かかります。野心的な計画ですが、管理しきれるのでしょうか。地殻変動でヒョッコリ地表に現れでもしたら・・・。
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